卓袱台ボレロ、タチ アキヒロを見にいく。

【健全なる精神は、健全なる身体に宿る】 誰がいったか、そんな誤訳の言葉がある。

本来のローマのユウェナリス(60年~130年)の言葉は、

【健やかな身体に、健やかな魂が願われるべきである】のが直訳らしい。

健やかな身体とはなんだろう。。。。


『健やかな寝顔の赤ちゃんね。』 あるいは、

『お子さん、健やかに育ちましたね。』のように、つかわれるのかな。



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10月1日、キッド・アイラック・アートホールにて、

第1回 不問座公演 【タチ アキヒロ】を見にいく。

画家であるタチアキヒロさんという、ある意味では、異論があるだろうが、

本人いわく、健やかでないような育ち方、あるいは日常を恨むという、

健康的に病んだ精神。あるいは病んだ肉体の持ち主といえよう。


その化けの皮を脱皮するかのごとく、メタモルフォーゼする49年(49歳)の肉体と精神。

人生の封印を解いての初舞台である。なぜ、画家が踊るのか?

そのような疑問が周囲にはあったらしいが、踊らずにはいられないのは、若輩ながら頷ける。


自己表現という怪物に憑依された、美の奴隷なら、自己と他者の共感の快楽。

その対の孤独という、寂しさの酔いどれ絶対王者の、恍惚からは逃れられない。

美の正体を望みみたい者、あるいは怪物と契約したものに、成仏などはないのだから。


その自業自得という表現には、他者との共感の間合い。あるいはライブ感の同体は、

常にジレンマとして、表現しようとすれば、必ず顔をだす。

アトリエに籠り、キャンパスへ向き合う、筆との筆圧では、感じ到達得ないものだ。


簡単にいってしまえば、多くの場合で、似たような事として、子どもの頃、

無条件にすぐさま側にいて、描いた絵を褒めてくれた、無償の愛である母親などに、

包まれる安堵は、記憶として色あせないだろうが。それは快楽同感としては永遠でないのだから。

だから画家でも、踊らずにはいられないのでないだろうか。


もう少しいえば、タチアキヒロという人が、自己解放に一歩近づいたといえ、

友人やファンなら、ともに祝杯をあげたいものだ。

あの誰も真似できない、タチアキヒロの色彩に、魅せられたのら、どれほどの暗闇の黒から、

あの淡く儚い色が放たれているのかは、想像するに容易い。


だから踊りを見ているこちらは、目の前にいるタチの肉体と精神の統一された、具合。

その具合というものに、色彩と同じように滲み、溶け合うべきでないだろうか。

そんな踊りだったに違いない。




【愛と哀しみのボレロ】をあえて褒めすぎであるが、和製として不二といおう。

タチ、18番の踊りのできあがりである。そのような産まれる産婆場に、我々いたのだ。



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エロエロボレロ?のはじまりは、闇の中から黒の着物をまとい登場。

まもなく、機械的でいて、鳥のような求愛ダンスをするのだが、

もはや動きは、タチでも、人でなく、化け物とかした。

見事である。その後、嵐のような夕立の暗い闇で、黒い着物から脱皮し、

赤の着物のまといと、小面(女系の能面)をつけいた。タチ自身の内面へと裏がえりだ。


あとはいうまでもなく、雨の湿り気と、タチの肉体の体液から、畳の匂いがしてくると、

夕立という、晴れのつかの間、その魔の闇の刻。ここでの性のまぐあいとなる。

衝動というものは、愛と肉欲からは常に切り離せない。激しくいきるという業の響きが、

タチの踏みならす足。あるいは舞い跳ね上がった卓袱台に打ち鳴らす。

力強い踏みならしは、タチの受け入れ難いながらにも、受け入れていく、

地団駄のタップダンスだろうか。それとも舞踏のもとにあるであろう、

ナチズムの行進ように、恐怖すら感じよう。


エロスというのは、生産性の行為といえようが、その真逆としての影もいえる。

そのさまが、バレエのようで舞踏のようなダンスで、うまくバランスがとれて、こちらに迫る。


後半、性交のまぐあいの後に、タチの着物から肌蹴た、厳ついスネ毛の足を両手で擦ると、

受け入れる自身の心が覗けみえてくる。怖い。


しかしながら、この夕立というヤツが厄介で、日の光の照る場所とは違い、

神や仏がいるのであれば、その仕業の悪ふざけで気の迷いのような刻である。

影にひそむ者、あるいは影に満ちている者には、残酷な偶然の刻に哀しく濡れる。


しかし、タチはそのどちらにもなりきれない、心の両性具有という自分があろうとも、

その満たされない欠けた部分を、欠片を集めるように、

肉体、精神、才能、色彩、運動の構成をもって、真実以上に演じきり踊る(生きる)。


冒頭の【健やかな身体に、健やかな魂が願われるべきである】の言葉は、

このような溢れる才鬼の持ち主が、踊りきった後、清々しい顔や姿をいうのだろう。

汗が滲む肉体。人でない顔が暗闇にとても眩しかった。

あのような自身の立つ、健やかな顔は久しく見たことがない気がする。


劇中の夕立の後に、風鈴の音が鳴る。誰しもに風が吹き、聞えるようようだが、

そのような音ではない。選ばれた者だけのなりきれない、みたされない、

心の揺れ、その響きに違いない。



まだまだ、タチさんは遠くへ飛べる。それは自身の自由であり、

すべての者の自由のためでもあろう。

悪き友人?のひとりとして、アナタの才能に嫉妬と悔しさを噛み殺し、いいましょう。

称賛のエールと拍手を送りたい。アナタは宿命と運命に愛されていますよ。

誰でもが真似はできませんよ。   では、すべての自由のために。   出町光識


追記 タチさん!今井夫妻は良きブレーンですね。三国一の幸せ者だな。
    先生にもよろしくお伝えください。抜群ですよ。ステキ。
    
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出町光識ホームページhttp://www.mitsunoridemachi.com/


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by ubusuna-art | 2011-10-03 13:01 | 音楽・観劇(神楽)


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