感性・感性の戯言

ひさしぶりに呑み友と、午後からの昼酒は格別。

明るいうちに呑む酒は、日常の縛りを忘れて、

呑みのみに専念できる。知性や理性はいらないもんな。

おかげで夜の寝つきは早く、何もせずに夢ごごちになった。


酒呑みをすると、熟睡できないから、夜中にムクリとおきる。

これは便利で、目ざまし時計よりも頼りになる。


今は、アトリエで鬼をつくっている。このところはやっぱり鬼なのだ。

もう、粘土を握れば、理性を忘れそうで子どもだな。

鬼の粘土造作は、とても疲れてしまうのだが、つくると気分がいい。

昔に夕暮れを知らせる放送チャイムを聞きながら、

暗くなってもまだまだ公園で遊んでいた、あの頃とおなじ。

楽しいことだけを噛みしめてる子どもの自分がいる。


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ながら作業にラジオを聴くかと、パソコンをつけるが、テレビもつけた。

テレビっ子の癖はぬけない。映しだされた画面には、少年の姿。映画だな。

しばらくみていると、少年の母親が自殺し、知り合いのオジサンも自殺し、

なんだか気分が悪く滅入る。。。。リモコンを手に消しかけたが、

絵描きの芸術家が主人公のようで、我慢して、そのままに放っておいた。

見つづけていると、ビートたけしが顔だした。北野映画。あああ、【アキレスと亀】。




その後、【東京都知事立候補者・政見放送】が放送され、ひきつづき見る。

なんだか、北野映画のつづきみたいで、滑稽だった。


思えばカケッコのように、誰かと比べて知性、感性などが秀でてる、

もしくは高い低いといったところで、表層的だったり、ピントがずれていたりと、

やってきたことだけしかできず。自身の心から遠い存在へと、

比較しても自分自身は何も変わらない。人から愚かに思われても、

積み重ねた変わらない、スーパーオリジナルな個人の【育み】でこそ、

豊かさを理解したり、あじわったりと、するしかない。



アトリエで転がっている土くれが、ぼくの手のなかで、

鬼へと化身していくなかで、地震後も何の役にたたない自分が、

ただただ鬼と遊んでる。ひとりはの大人のぼく。

もうひとりは10歳ぐらいの子どものぼく。

そのふたりが、せめぎ合う間合いを見守る、

もうのひとりの3番目の自分、43歳のぼくが自己完結している。

でも、40年ほどのつくることを育んできた過去からいえば、

贅沢だけども、もうひとりの4番目の自分に会いたいね。。。ほんとう贅沢かな。

鬼は笑うだろうか。              出町光識  


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by ubusuna-art | 2011-04-02 13:18 | 日常(現世)


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